「私のやってきたことは間違ってなかった」
って確認したくなる日がある。
いつも
「これでよかったのかな」
って揺れている。
そして誰かに
「間違ってない」って
言ってほしくなる。
でも、
その瞬間に自分で気づいてしまうんだ。
ああ、今、
私は救われたいんだなって。
相手のためだと思っていることが、
実は自分のためだったりする。
逆もある。
自分のためだと思っていることが、
結果として誰かを救ったりする。
そんなにきれいに分かれていない。
だから、
「誰かのためを思って」
も本当。
「自分が救われたい」
も本当。
どっちも嫌になるくらい
同時に存在している。
人は純粋な善意だけでもないし、
純粋な利己心だけでもない。
混ざっている。
曖昧で、
矛盾していて、
混沌としている。
だから
そんな自分を責めなくていい。
その曖昧さごと、
赦してあげてほしい。
正しかったかどうかは、
誰にもわからない。
でも、
その時
あなたは懸命だった。
それは確か。
全部。
正解を探しているようで、
本当は
「あの時の私は、あれしかできなかった」
を受け入れていく旅なのかもしれないね。
だからきっと。
私は今、
誰かのことを考えているようで、
自分自身のことを見ている。
そしてたぶん、
あなたも誰かを通して、
自分自身を見ている。
人は誰かを見ているようで、
結局いつも、
自分自身を見ているのかもしれないね。
ただ、
それでいいんやと思う。
それが、
自分の人生を
生きるってことなんかもしれんね。



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