こんばんは
今宵も月が綺麗だね。
ぼくは黒ウサギのルー。
星空庭園の
案内役をしているんだ。
星空庭園っていうのはね
たくさんのお花や
静かな夜風に包まれた
不思議でやさしい場所。
その中に
「プリズム公園」っていう
特別な公園があってね。
奥には──
ちょっと古いけど
街のみんなに愛されている
小さな図書館があるんだ。
名前は、
『綺羅星館』。
ここには
月明かりで書かれた物語や
星のしずくで綴られた詩集が
たくさん並んでる。
星の降る夜
ぼくはランプに火を灯して
小さなおはなし会をひらくんだ。
今夜
きみに読んであげたいのは──
この本。
お茶でも飲みながら
ゆっくり
聞いてもらえたらうれしいな。
『ストレプトカーパスとスタージョンムーン』
ぼくの名前は月。
世界は夜に染まり
昼の熱をまだ抱えた石畳を横目に
花たちは
うっすらと汗ばんだまま
静かに揺れているみたいだった。
それでも
さっきまでの
刺すような暑さはやわらぎ
風には
ほんの少しだけ
夜の涼しさが混じっていた。
今宵は満月
青白く澄んだ光を
ぼくは
静かに地上へ落としてゆく。
石畳はやがて途切れ
山肌へと続いてゆく。
その間から
ゆらゆら光が揺れている。
──洞窟湖だ。
ぼくのしずくから生まれたという湖。
水と空を行き交う不思議な存在
魚が楽しそうに
渦を巻いて遊んでいる。
岩肌には星のような鉱石がきらめき
まるで“地底の夜空”のようだった。
湖の水面には
ゆらゆらと
ぼくの姿が揺れている。
その静かな湖に
舟が一艘、浮かんでいた。
舟を漕いでいたのは
村の大人たち。
彼らは
畑を耕し、作物を育て、
海へ出て魚を捕る。
そして
今宵は湖へ舟を出し
チョウザメを狙うのだ。
今宵の満月には名前がある
『スタージョンムーン』
それは
チョウザメ漁が
最も盛んになる季節の月。
月の満ち欠けと
星の動きにしたがって
人々は昔から魚を追ってきたという。
チョウザメは、古代魚。
中でも
「ベルーガ」と呼ばれるものは
水の記憶を宿す魚として
語り継がれてきた。
ベルーガは、人に姿を見せない。
けれど
スタージョンムーンの夜にだけ
満ちた月に惹かれるように
現れることがあるという。
湖のほとりに
小さな紫の花が咲いていた。
名前はストレプトカーパス。
静けさの中で
ひっそりと
やさしい光をまとっている。
その静けさを破るように
水面がそっと揺れた。
ぬるりと
水を割って
銀色の魚影が現れた。
ベルーガだ。
「……やあ、君は誰だい?」
ベルーガが声をかける。
「僕は、ストレプトカーパス。
君がここに来るのを
待っていたんだ。」
「ボクを知ってるのかい?」
ベルーガは驚いたように言った。
「ボクはね
たくさんの湖を旅してきたんだ。
どうやら人間にとって
ボクを捕まえることが
“すごいこと”らしいんだ。
だから自由に生きるために
ひとりで旅に出たんだ。
そして
世界中の満月を見てきたんだよ。
願いを叶えるためにね。」
ベルーガは得意げに言った。
「なあ。君はずいぶん小さいんだな。
泳げないんだろう?
自由に好きなところにも
いけないなんてかわいそうだな。
ボクはすごいんだ。
ひとりで
どこまでも自由に泳げるんだから。」
すると
ストレプトカーパスは
ニッコリ笑ってこう言った。
「うん、とってもすごいね。
でもなぜだろう。
…少し寂しそうに見える。」
ベルーガは
驚いたように目を見開いた。
「ねえ。ベルーガ。
君の願いは叶ったの?」
ストレプトカーパスは
静かにたずねた。
「ボクの願いは……」
ベルーガは少し口ごもったあと
フッと大きな息を吐いてこう言った。
「……龍になりたいんだ。」
その声は
ほんの少し揺れていた。
龍になれば
どこまでも昇っていける。
誰にも捕まらず
誰にも支配されず
星々のあいだを泳ぐように
もっと自由に楽しく生きていける。
そう思って
願いを叶える旅を
ずっとしてきた。
──でも、なれなかった。
ぼくはこんなに楽しいんだ。
ぼくはこんなに自由なんだ。
そう思っているはずなのに
なぜか
湖の底に
沈んでいくような気がしていた。
「願いが叶わないのは
君の願いが
間違っているからじゃないよ。」
月を見上げながら
ストレプトカーパスは言った。
「ただ
君の中に“叶わないと決めている
思い込み”があるだけなんだ。
その思い込みが
君の翼を閉じさせているんだ。」
ベルーガは、はっとした。
胸の奥で
ひどく懐かしい何かが
じんわりと
温かく広がっていくのを感じた。
「君に渡したいものがあるんだ」
そういうと
ストレプトカーパスは
紫色に輝く小さな実を差し出した。
「これは“願いの叶う螺旋の実”──
本当の願いって
外にあるんじゃなくて
思い出すものなんだよ。
君の中にある
“水の記憶”が教えてくれるはず。」
ベルーガは
震える尾びれでその実を受け取った。
「君はずっと
この実を渡すために
待っててくれたのかい?」
ストレプトカーパスは
嬉しそうに笑った。
そのとき──
ベルーガの体から
紫色の光があふれ出した。
ゆっくり、でも確かに。
まるで
ずっと閉じ込めていた
何かがほどけていくようだった。
「不思議だな。
君と話してると
胸の奥があたたかくなる。
まるでずっと昔に
君と泳いだことがあるような……
そんな気がするんだ。」
ストレプトカーパスは
何かを言いかけたが
ニッコリ笑ってこう言った。
「さあ、行って。君の願いが叶うよ」
ベルーガの体は空へと昇っていく。
螺旋を描きながら
まるで、龍のように。
いや──ベルーガは思い出したのだ。
自分が“龍魚”だったことを。
「ようやく渡すことが出来たんだね……
だけど君のこと
言わなくてよかったのかい?」
ぼくは青白く澄んだ光で
湖のほとりを照らしながら
ストレプトカーパスに
そっと語りかけた。
「お月様。
僕の実に
魔法をかけてくれてありがとう。
僕の願いは叶ったんだ。
だから
今とっても幸せなんだ。
とっても自由なんだ。」
ストレプトカーパスは
静かに揺れながら
満月に向かって
昇っていく友を見送っていた。
君が僕を忘れても
僕は君を忘れない。
君がどこにいても
僕は君の幸せを願ってる。
君は、ひとりじゃないんだよ。
高く舞い上がった龍魚は
星々のあいだを
くるくると幸せそうに泳いだ。
螺旋を描いて空へ昇っていくとき
星々の光が
胸の奥でそっとはじけた。
その時
忘れていた記憶が浮かびあがった。
それは
誰かと寄り添って
湖の底で夢を見ていた夜。
ああ、これが──
僕の「水の記憶」だったんだ。
それから龍魚は
静かに湖へ舞い降りた。
ぼくの光を映しとった水をすくうと
驚いて言葉を失っている
ストレプトカーパスの根元に
そっと注いだ。

スタージョンムーンの夜。
湖のほとりで 寄り添ったふたりは
いつのまにか
夢の中へと落ちていった。
森の木々たちは
誰も近づけないように
静かに揺れていた。
風は優しく
夜は深く。
ふたりを守る砦のように。
まるで
世界に抱きしめられて
いるかのように。
今日のおはなしは
どうだったかな?
どれだけ自由を手に入れても
なぜか「自由じゃない」と
感じるときがあるよね。
もしかしたら
ほんとうに欲しかったのは
「自由」ではなく
安心だったのかもしれないね。
目に見える
自由だけを求めていたら
いつの間にか
その思い込みの中に
閉じ込められてしまう。
でもさ。
もし弱さを見せても
離れていかない存在と出逢えたら──
そのとき
ほんとうの意味で
自由になれるのかもしれないね。
君にも
帰っていい場所が必ずあるよ。
今日のおはなし会は
これでおしまい。
次は
どんなお花が登場するのかな?
星降る夜
また素敵なおはなしを
用意して待ってるよ。
たのしみにしていてね。
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