こんばんは
今宵も月が綺麗だね。
ぼくは黒ウサギのルー。
星空庭園の
案内役をしているんだ。
星空庭園っていうのはね
たくさんのお花や
静かな夜風に包まれた
不思議でやさしい場所。
その中に
「プリズム公園」っていう
特別な公園があってね。
奥には──
ちょっと古いけど
街のみんなに愛されている
小さな図書館があるんだ。
名前は、
『綺羅星館』。
ここには
月明かりで書かれた物語や
星のしずくで綴られた詩集が
たくさん並んでる。
星の降る夜
ぼくはランプに火を灯して
『綺羅星館』で
小さなおはなし会をひらくんだ。
今夜
きみに読んであげたいのは──
この本。
お茶でも飲みながら
ゆっくり
聞いてもらえたらうれしいな。
『ブルーハイビスカスとバックムーン』
僕の名前は月。
静かに世界を照らしながら
花が咲き乱れる庭園を
うっとりと眺めていたんだ。
──ふと、目を凝らすと
そこには
つぼみのままの
ハイビスカスがいたんだ。
「どうして咲かないの?」
そう声をかけると
つぼみは笑ってこう言ったんだ。
「ボクが咲けば、葉っぱが
力を失ってしまう。
だから咲かない。
僕が咲かなければ
葉っぱは
ずっとここにいられるだろ?」
その言葉に、僕は驚いた。
「大丈夫だよ。
ハイビスカスは
葉を落としたりしない。
心配しなくていいんだよ」
そう言って
優しい光で
ハイビスカスを照らした
──その瞬間
ハッと気づいたんだ。
「……あぁ、そうだったんだね。
君はブルーハイビスカスなんだね」
ブルーハイビスカス。
ハイビスカスという名を持ちながら
アリオギネ属という
少し違う種類の花。
常緑ではなく
季節が巡るたびに
葉を落とす落葉低木。
つぼみは
花を咲かせるよりも
葉っぱを
守ることを選ぼうとしていた。
とても優しくて
とても勇敢だった。
ある満月の夜。
僕は小さな声を聞いたんだ。
それは、葉っぱの声だった。
「本当はね。
つぼみが素敵な花を
咲かせられますように。って
格好よくお祈りしようと
思ったんだけど……
勇気が出なくてさ。
枯れていくのが、怖いんだ。
ちゃんとしなきゃ
強くいなきゃ
ステキな葉っぱでありたい。
つぼみの役に立ちたい。
そう思えば思うほど
上手くできなくて……
つぼみは
とても優しくて勇敢なのに
ボクは恥ずかしいくらい
みっともなくて
ダメダメで……情けないよ」
そう言うと
葉っぱは
しょんぼりとうつむいた。
「ねえ、知ってるかい?」
僕はにっこり微笑んだ。
「今夜の僕には
“バックムーン”っていう
素敵な名前があるんだ。
“Buck”は、牡鹿のこと。
7月の満月が
バックムーンと呼ばれるのは
ちょうどこの季節に
牡鹿の角が
新しく生え始めるからなんだよ」
「……鹿の角って、生え変わるの?」
「そう。毎年落ちて、また育つ。
一度すべて失って
そしてまた
より大きくよりしなやかに
育っていくんだ」
「ボクとは全然違うね。
……強いんだね」
葉っぱが
悲しそうに言った。
「そうだね。
でも、本当の強さっていうのは
失うことを知っていても
また希望を抱けることなんだよ。
変わることを恐れずに
受け入れることができる
心のしなやかさ。
角は落ちて、また育つ。
葉っぱもまた、落ちて
新しい命へとつながっていく。
失うことは、終わりじゃない。
命をつなぐために
渡されていくんだよ。」
葉っぱは
静かにつぼみを見上げた。
つぼみは
すやすやと気持ちよさそうに
眠っていた。
「……ありがとう」
ずっと怖かったものの正体が
少しずつ
ほどけていくようだった。
葉っぱは
ポロポロ涙をこぼしながら
「どうか……
つぼみが素敵な花を
咲かせられますように。
つぼみが生き生きと
咲き誇ってくれますように……」
葉っぱは
つぼみの未来を
ひたすらに祈った。
その祈りは
静かに夜に溶け
僕の心の奥まで、深く深く響いた。
つぼみは
すやすやと
眠っているように見えた。
それを見て、葉っぱは
安心したように、目を閉じた。
──でも、僕には見えたんだ。
月の光に
そっと照らされたつぼみから
キラリと、こぼれたひとしずくを。
どのくらい時間がたったのだろう。
僕は
ゆっくりと雲の合間から顔を出し
やわらかな光で庭園を照らした。

その夜──
つぼみは
祈りを受けとめるように
青くて優しい花を
そっと咲かせたんだ。
葉っぱは
つぼみが咲いた瞬間
自分の祈りが届いたことを
ちゃんと感じていたんだろう。
地面に横たわりながら
まるで眠るように
満ち足りた顔をしていた。
東の空が白み始めたころ──
僕は
そっとまぶたを閉じた。
風はとても静かで
どこまでも心地よかった。
咲くこと、落ちること。
どちらも
命の中にあるやさしい循環。
この花と葉っぱが
どんな存在だったのか
それは僕にも、わからない。
でも、きっとお互いを
とても大切に思っていた
──それだけは、たしかなんだ。
その時
小さな靴音が朝の庭に響いた。
ひとりの女の子が
落ちた葉っぱを
しばらく見つめていた
そっと、しゃがんで拾いあげると
まるで髪飾りのように
大事そうに髪につけた。
栗色の髪を風になびかせ
ふわりと
ドレスの裾をひるがえすと
ゆっくりと歩きだした。
朝の光の中で
またひとつの命が
静かに巡りはじめた。
君の中にも
小さな祈りの物語が
そっと芽吹いていますように。
おしまい。
──今日のおはなしは
どうだったかな?
命がそっと手渡されるとき
それは終わりじゃない。
ちゃんと、次へと続いていくんだ。
大切なのは、“今”を精一杯生きること。
今夜、君の中にも
青い花が、そっと咲きますように──。
今日のおはなし会はこれでおしまい。
次は、
どんなお花が登場するのかな?
星降る夜
また素敵なおはなしを
用意して待ってるよ。
たのしみにしていてね。
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