こんばんは
今宵も月が綺麗だね。
ぼくは
黒ウサギのルー
ここはちょっと不思議な
小さな図書館。
『綺羅星館』
ランプの灯が
ゆらりと揺れるたび
本たちがそっと目を覚まし
誰かと過ごした
懐かしい夢の続きを
語りはじめるんだ。
ページをめくる音が
月の光に溶けていく。
今宵も
月夜のおはなし会をはじめよう。
『ケヤキのミシン台とビーバームーン』
ぼくの名前は月。
今宵は満月
ビーバームーン。
北風が吹くたび
金と朱の落ち葉が
ひとひら、
またひとひらと
ゆっくり宙を舞っては
地面を
秋の色で織り上げていく。
家々の窓辺には
小さな灯りがともり
街は
ゆっくりと群青に染まっていく。
ぼくは屋根の上を渡りながら
冬支度を始めた
人々の暮らしを
ひとつ、
またひとつ、
やさしく照らしていった。
そのときだった。
古い納屋の前に
どこか懐かしい影が浮かんだ。
ぼくはそっと眺める。
天板のケヤキが
月光に照らされ
アイアンの脚が
夜の冷気を反射して黒く光っている。
ミシン台だった。
「やあ。元気だったかい?
久しぶりだね。月光浴かい?」
天板の角は丸く擦り減り
折りたたみの蓋はひび割れ
その姿は
長い時間が流れていたことを
そっと語りかけてくるようだった。
だけど
いつもとは違う場所に居ても
ミシン台は変わらず
穏やかな時間を漂わせていた。
「やあ、月じゃないか。
今夜は満月なんだね。
どうりで明るいわけだ」
ミシン台は嬉しそうに答えた。
「そうさ。
しかも、ビーバームーンだ」
ミシン台は
驚いたように目を輝かせた。
「ビーバームーンだって?
そんな名前の月があるんだな。
ビーバーか……
なあ、憶えてるかい?
ビーバーの家づくり」
ぼくはクスクス笑う。
「忘れるはずないじゃないか。
あれは楽しかったなあ。」
その時、ぼくは
彼女たちと過ごした
小さな冒険の日々を思い返していた。
そこには、
教科書で見たビーバーの家に
心をときめかせていた、
あの頃の彼女たちがいた。
木の枝や泥で作られた
心地よさそうな家は
まるで小さな秘密基地。
それを真似て
布や段ボールをかき集めては
どっちが素敵な家を作れるか、
競い合っていたっけな。
「君は秘密基地の入り口になったり、
あるときは
ごはんを置く台になったり、
天板に布をかけられて
テントに変身したり。
あの頃君は、大忙しだったね。」
「ははは。
彼女たちはビーバーの家づくりに
夢中だったからな。」
ミシン台は思い出すように笑った。
「最初は驚いたよ。
おばあちゃんと袋を作ったり
服を縫ったりする
場所だったからね。
だけどある日、
彼女たちが駆け込んできてから
納屋の空気が変わったんだ。
「天板の上には
色紙や画用紙、
空き箱や毛糸玉。
おばあちゃんの作業場と遊び場が
音楽みたいに響いて
納屋の中が
ひとつの物語みたいだったな。」
スマホもパソコンもなかったけれど
想像力は無限大だった。
「……最後に君に会えてうれしいな。」
ぼくは驚いた。
「最後って、どういうこと?」
「僕は壊れてしまって
もう役に立たないからね。
明日、ぼくはゴミに出されるんだ」
扉の向こうには
かつての暮らしの匂いが残っていた。
色とりどりの糸くず、
木箱に転がるボタン、
黄ばんだ型紙。
ビーバーの家づくりに
夢中になったあの頃は
静かに
時を止めていた。
「なあ、月。
僕は十分に
役目を果たしたと思うんだ。
彼女たちの笑い声、
ミシンの軽やかなリズム、
そして世界を
少しずつ形づくっていく喜び。
僕はたくさんのワクワクを
生み出すお手伝いができた。
全部、全部
忘れられない楽しい思い出だよ。」
ぼくの胸の中には
じんわりと温かく
だけど
言葉にしちゃいけない
柔らかな痛みが
静かに広がっていた。
「ぼくも、君と一緒に
あの時間を過ごせて幸せだったよ。
楽しかったね。
いっぱい笑ったね。」
ミシン台は静かに佇んでいた。
「ありがとう、月。
君のおかげで、
素晴らしい夜になったよ。
とてもいい時間だった……」
ぼくの光をうけて
ひび割れや
傷あとが浮かび上がり
過ぎた日々を
懐かしむようにきらめいた。
ぼくはその姿を見つめながら
ただ静かに寄り添い
柔らかな光で
ミシン台を包んだんだ。
ここは、
静かな住宅地。
朝。
ひんやりとした
空気に包まれ
落ち葉がゆっくりと道を彩る。
空は淡い青から
鮮やかな天色へと染まり
街には新しい時間が流れている。
光が差し込む2階のベランダから
笑い声が響いてきた。
「ここに、棚を置こう。
絶対かわいいよ!」
「またその“絶対”か…。
でも、そこは
プランター置き場だろ。
かわいいは
いいけど
いつも思いつきだな」
メジャーが、カタンと
手すりに当たって止まった。
「この棚には
ハーブを置いたらどうかな?
いつでも
フレッシュハーブティーが
飲めるなんて最高だね!」
「はいはい。
じゃあ、こっちは季節の花か。
香りがある方がいいな」
二人のやり取りは、どこか懐かしい。
「じゃあ、とりあえず
コーヒーでも飲む?」
「今、始めたばっかりだろ」
彼はいつものこととばかりに
呆れながら
椅子代わりの木箱に腰を下ろした。
朝の清々しい空気と
コーヒーの香りが混ざり合い
穏やかな時間が
ゆっくりと流れていく。
「覚えてる?このミシン台?」
割れていた天板は
パテで補修され、
澄みきった空のような
青いペンキが眩しい。
「もちろん。
どっちが素敵な家を作れるか、
競いあってたな」
これからも、ミシン台は
香ばしい香りとともに
夢を紡いでいくふたりを
家族のように
見守り続けるだろう。
小さな、
かわいい奇跡をそっと宿して。
あの頃の小さな冒険も
今の穏やかな暮らしも
すべてつながりながら
静かに
確かに
続いていくだろう。
柔らかな光が
カップを包む左手をきらりと照らす。
それが
ケヤキのミシン台、
そして
彼と彼女の物語。

今日のおはなしは
どうだったかな?
ミシン台は
もう糸で縫うことはないけれど
そこには
あの日と同じぬくもりがある。
失われたように見えても、
想いは
かたちを変えて生き続ける。
それは
物の中にも、
人の中にも、
静かに息づくぬくもり。
かつての約束も、
遠い記憶も、
新しい光となって
心をそっと照らしている。
そうして
つながりながら
途切れることなく
今日も静かに
紡がれていくだろう。
それが、
再生という名の奇跡。
静かな光の中で
また新しい物語が
そっとはじまっていく。
その光に包まれて
今日も
あなたがあなたでいられますように。
次の星降る夜も、
また素敵なおはなしを
用意して待ってるね。
楽しみにしていてね。
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