こんばんは
今宵も月が綺麗だね。
ぼくは
黒ウサギのルー
ここはちょっと不思議な
小さな図書館。
『綺羅星館』
ランプの灯りがふわりと揺れて
本たちがひそひそ語り出すんだ。
──さあ、どうぞ。
月明かりをすくったハーブティーに
星屑をひとつまみ
甘くてやさしい味がするよ。
カップを片手に耳を澄ませて。
月夜のおはなし会をはじめよう。
『エキナセアとハンターズムーン』
ぼくの名前は月。
森の木々や草原を
淡く染めたぼくの光は
ひんやりと澄んで
夜空に満ちていた。
今宵は満月
ハンターズムーン。
野生動物が活動的になるこの時期。
月明かりを頼りに
狩りが盛んに行われることから
そう呼ばれるんだ。
動物たちの息遣いが
月の光に溶けるように
森に広がっている。
葉っぱのざわめきや
羽ばたきの気配、
微かな足音に混じる
草の擦れる音に耳をすませながら
ひとりの少年が息をひそめていた。
風が森を吹き抜け
彼のやわらかく
流れるような 髪をそっと撫でる。
「コヨーテじゃないか」
ぼくは
思わず嬉しくなって
彼に話しかけた。
けれど
彼の瞳は氷のように冷たく
ぼくの光を拒むように
影に溶けると
ただ獲物だけを見つめていた。
あの日も
こんな満月の夜だったな。
ぼくは
まだ幼ささえ残る
彼の横顔を照らした。
思い出すよ。
大きな椎の木の下で
泣いていた赤ん坊。
──そう、
君が置き去りにされていた。
「こんな夜にかわいそうに…」
通りかかったおじいさんは
同じ年頃の孫を
ひとりで育てていた。
暮らしは決して楽ではなかったが
その子を
見捨てることなどできなかった。
「これもまた、運命なのだろう。」
そうつぶやき
おじいさんは
赤ん坊を家へ連れて帰った。
ふたりは
血のつながりこそなかったが
まるで本当の兄弟のように育ち
誰よりも
深い絆で結ばれていた。
やがて、彼らは
仲間とともに
森へ狩りに出るようになった。
その頃から
本当の名とは別に
強さや個性を映し出す象徴として
互いを、コードネームで
呼び合うようになった。
針のようにツンツンと
逆立つ赤銅色の髪を持ち
翡翠のように
澄んだ深緑の瞳をした少年は
「ハリネズミ」と呼ばれていた。
勇敢で、優しくて、
仲間たちからも
慕われる人気者だった。
やわらかく流れる灰銀色の髪を持ち
琥珀の瞳で鋭く獲物を
見据える少年は「コヨーテ」
狩りの腕は
誰よりも冴え渡り
仲間からも一目置かれていた。
けれど
ぶっきらぼうな性格のせいで
輪の中に
うまく入ることができなかった。
それでもハリネズミは
いつもさりげなく
コヨーテを仲間に迎え入れた。
だがコヨーテは
素直になれず、反発ばかり。
心の奥では
いつもハリネズミの
優しさと勇敢さに憧れていたのに
それを口にすることが出来ず
むしろ「狩りの名手」である
自分をひけらかすことで
兄のような存在に負けまいと
必死に意地を張っていたのだ。
それでも──
ハリネズミは変わらず
コヨーテを優しい瞳で見守っていた。
焦りや虚勢で
心がいっぱいの彼のことを
何も問いただすことなく
ただ静かにそこにいてくれたのだ。
だけど、コヨーテは
その存在の大きさに
気づかぬふりをしていたんだ。
ある満月の夜。
ふたりはいつものように
仲間たちと狩りに出かけた。
湿った風が吹いてきたと思ったら
急にぼくの光は
雨雲に覆われて
大粒の雨が降りはじめた。
ふとみると
谷の縁で
足を滑らせた幼い鹿が
今にも谷底へ落ちそうだった。
「今助ける。待ってろ!」
真っ先に駆け出したのは
ハリネズミだった。
けれど雨のせいで
足場が滑り
ハリネズミは
足を踏みはずしてしまった。
必死に枝をつかみ、ぶらさがる。
その手を
コヨーテは全力でつかんだ。
「絶対離すな!」
声が震える。
雨に打たれた森に
空気さえ止まったかのような
緊張が張りつめた。
だが無情にも
足元は脆く崩れ
体は少しずつ傾き始めた。
それでも
コヨーテの決意は
決して揺らがなかった。
しかし、
ハリネズミの瞳は
一瞬わずかに揺れた。
それは
まるで光を失いかける水面のように。
コヨーテの手の中で
ハリネズミはかすかに笑った。
「コヨーテ……おまえは生きろ。」
次の瞬間
ハリネズミは
自らその手を振りほどいた。
光のように儚く消えていく姿を
コヨーテはただ叫びながら
見送るしかなかった。
誰一人、コヨーテを責めなかった。
けれど
コヨーテの胸には
消えることのない
痛みと後悔が刻まれた。
あれから
季節は巡った。
そこには
仲間の期待に応えようと、
勇敢で誇り高く
まるで
ハリネズミのように振る舞う
コヨーテがいた。
しかし、心を偽り
誰にも本心を見せないその奥底には
わずかに揺れた
ハリネズミの瞳の記憶が
深く刻まれていた。
それは自分へ向けられた失望であり、
痛みであり、孤独でもあった。
ぼくは
光で彼の横顔を静かに照らした。
彼は
ただ獲物だけを見つめていた。
そのとき
ふと視界の隅で
赤銅色の花が揺れた。
その花の周りには
小さな生き物たちが
身を寄せ合っていた。
コヨーテは
足音を忍ばせ、狙いを定める。
「エキナセアか…」
凛と咲くその花は
まるで小さな命を守るかのように
気高く揺れていた。
「おまえみたいだな……」
針のように逆立つ赤銅色の花芯は
ハリネズミの姿と重なった。
その瞬間
守れなかった友への思いが溢れた。
戻らない日々。
取り戻せない命。
ぼくの光から逃れるように
コヨーテの肩が
微かに震えていた。
そして
獲物に向けて
構えていた手を
ゆっくりと下ろした。
「生きろ──」
狙いを外された動物たちは
草むらをかけぬけ
闇の中へ消えていく。
「ごめん……」
胸の奥で
押し殺してきた声が
夜の静けさにほどけていった。
「なあ。月よ。
僕は生きていていいんだろうか?」
コヨーテは
真っ直ぐに、ぼくを見上げた。
──あの夜。
手を離された痛みと
救えなかった後悔で
君の涙は
胸の奥で凍りついてしまったんだね。
「ねえ、コヨーテ。
コヨーテが
ハリネズミだったら
どう思うだろう。
真実は誰にも分からない。
だけどあの夜、
君が見たハリネズミの瞳──
それは
失望ではなかったんじゃないかな。
自分だけが
助かってしまったという罪悪感で
君を
苦しめてしまうのではないか。
その一瞬の葛藤こそが、
勇敢で迷いのない
彼の唯一の
“迷い”だったんじゃないだろうか。」
コヨーテは手を伸ばし
そっとエキナセアに触れた。
その花びらは
夜露に濡れながら
凛と咲いていた。
深く息を吸い
胸の奥でずっと抑えていた思いを
静かに受け入れた
コヨーテは
まるでエキナセアと
語り合っているかのように見えた。
そして
大きくうなづいたあと、
ふわっと
子どものように無邪気に笑った。
まるで
太陽のようなその笑顔には、
隠された本当の名が
宿っているかのような
柔らかな輝きがあった。
今宵は
ハンターズムーン。
人が生きるために
命を奪う夜でもあるけれど
同じ月明かりの下、
守られる命もあるのだ。
あの時ね。
確かに、ぼくにも
ハリネズミの声が聞こえたんだ。
「自分の人生を生きろ。」
その声は
どこまでも懐かしく
どこまでも温かかった。
月の光に静かに包まれて
灰銀色と赤銅色が
光と影の中で
優しくそっと寄り添っていた。

今日のおはなしは
どうだったかな?
誰の心にもきっと、
そっと抱えている傷があるよね。
どんなに必死で
心の奥にしまいこんでいても
疼いてしまう痛み。
でもその傷があるからこそ
きっと強くなれる。
きっともっと優しくなれる。
過去を
なかったことにするのではなく
その痛みを抱きしめたまま
自分の人生を生きていく。
傷を抱えたまま
笑っていい。
愛していい。
生きていていい。
そうやって生きる姿こそが
ほんとうの勇気かもしれないね。
すべての命は静かに呼吸し
世界は
今日も静かに
新しい朝へ向かっていく。
どうかいつの日か
あなたが
あなたを
赦せますように。
あなたの痛みが
癒されますように。
今日のおはなし会は
これでおしまい。
星降る夜
また素敵なおはなしを
用意して待ってるよ。
たのしみにしていてね。
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